巻頭言 (J・ヒリス・ミラー/松岡光治訳)
まえがきに代えて
序 章 歴史――ヴィクトリア朝前半の時代とギャスケル(村岡健次、甲南大学)
第1章 教育――その変革の波のなかで(アラン・シェルストン/猪熊恵子訳、東京医科歯科大学)
第2部【時代】
第6章 科学――その光と陰(荻野昌利、南山大学)
第3部【生活】
第11章 衣――ワーキング・クラス女性の個性(坂井妙子、日本女子大学)
|
第4部【ジェンダー】
第16章 女同士の絆――連帯するスピンスターたち(田中孝信、大阪市立大学) 第5部【ジャンル】
第21章 ゴシック小説――ヴィクトリア朝のシェヘラザード(木村晶子、早稲田大学) 第6部【作家】
第26章 自己――「自伝」とその虚構化をめぐって(新野 緑、神戸市立外国語大学) |
本書では、序章でヴィクトリア朝前半の時代を「歴史」の観点から概説し、「社会」、「時代」、「生活」、「ジェンダー」、「ジャンル」、「作家」という六つの枠組の中で、それぞれに関連する五つのテーマを章として配置した。
第1部の「社会」では、ギャスケルの作品に反映されたヴィクトリア朝の教育の成果や歪み、新興産業都市マンチェスターの貧富を代表する〈二つの国民〉の現実性と真実性、ヴィクトリア朝社会における階級観(特に労働者階級と中産階級)の理想と現実、自由貿易主義の国家と帝国に潜む問題とその解決法、農耕詩としてのギャスケルの牧歌的な小説におけるロマン主義と労働者詩人の伝統の継承が、それぞれ論考の対象となっている。 第2部の「時代」が分析しているのは、科学技術の未来永劫の進歩と神不在への存在論的不安という科学の光と影、随処に散種された宗教的言説が相互につながったギャスケル作品の多方向性・多面性、鉄道の発展と郵便改革によって当時の社会が経験した世界認識の変化、親の愛を受けて幸せに子供時代を過ごした中産階級と悲惨な環境下で生活した貧民層の子供たち、レッセ・フェールという楽観主義的なイデオロギーが生み出す社会問題に提示された解決策の楽観性である。 第3部の「生活」では、労働者階級女性の衣服の役割と効果および作中人物のキャラクター構築における衣服の活用、ギャスケル書簡に見られる不足・充足・過剰へと富裕化した時代の食事情と生活、十九世紀前半のイギリス社会における住環境にまつわる文化的意味、労働者の娯楽に関する議論とギャスケル作品の労働者が選び取った楽しみ、貧困・不衛生・病に関する言説とマンチェスターに住む労働者の病の諸相が、各章で分析されている。 第4部の「ジェンダー」で明らかにされているのは、スピンスターの増加が社会問題化した時代における女同士の絆に対するギャスケルの姿勢、父権制社会において女性たちに対してなされた残酷な虐待・抑圧とその抑圧に抵抗する女性の姿、J・バトラーの活動とギャスケルの堕ちた女の表象や性の二重規範に対する抵抗の様相、女性作家の仕事を正当化するための戦略的な概念としてのミッション、父親的温情主義を信条とする主人公が公的領域での経験による変容を通して労使関係を改善するプロセスである。 第5章の「ジャンル」では、ゴシック小説の成立と批評および短篇小説における語りの特質と女性のゴシックの手法、他の作家の恋愛小説との(キリスト教道徳を視点にした)比較とギャスケルが描く恋愛の特徴、ヨーロッパで歴史意識が喚起された十九世紀前半におけるギャスケルの歴史認識とその表象、ヴィクトリア朝の人々の殺人事件への異常な関心を通して見たギャスケル作品の推理小説的要素、ヴィクトリア朝特有の演劇的特徴に乏しいギャスケル作品における現代のメタ・シアター的な要素が、それぞれの章で考察されている。 最後の第6部「作家」が解明しているのは、ギャスケルがオースティン小説の枠組を介在させることで逆説的にリアリスティックな自伝を書くに至った過程、彼女の方言使用における「新」リアリズムとディケンズへの影響、ギャスケルを含む三人の女性小説家に見られる作家とジャーナリズムとの関係の変化、多面的なギャスケル文学の伝統的な位置づけと本質的な魅力としてのユーモア、ギャスケルと三人の同時代作家との交流や交渉を通して炙り出される時代の特性である。
|
書評
- The Gaskell Journal (猪熊恵子)
- L&C (矢次 綾)
検索
【お問い合わせ、直接のご注文は】(株)溪水社(広島市中区小町1-4)
- Email: info@keisui.co.jp
- Tel: 082-246-7909
- Fax: 082-246-7876