松岡光治編
この本は2016年4月に溪水社で品切・絶版となりましたので、
2016年5月1日にPDFファイルで一般公開させていただきます。
関心のある章を目次でクリックすれば、該当するPDFファイルが開きます。
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書 評
- 『英語青年』154 巻1 号(2008 年4 月号)(三宅敦子、西南学院大学)
- The Gissing Journal Vol. XLIV, No. 3 (Tatsuhiro Ohno, Kumamoto University)
- 『ギャスケル論集』第18号、2008年10月 (大野龍浩、熊本大学)
- 『ヴィクトリア朝文化研究』第6号、2008年11月 (橋野朋子、関西外語大学)
- 『ディケンズ・フェロウシップ日本支部年報』第31号、2008年11月(永岡規伊子、大阪学院短期大学)
まえがき 序 章 ギッシング小伝(ピエール・クスティヤス/松岡光治訳) 第一部【社会】
第一章 教育――そのタテ前と本音(小池 滋、東京女子大学) 第二部【時代】
第六章 科学――進化に背いて(村山敏勝、成蹊大学) 第三部【ジェンダー】
第十一章 フェミニズム――ギッシングと「新しい女」の連鎖(太田良子、東洋英和女学院大学) |
第十四章 結婚――結婚という矛盾に満ちた関係(木村晶子、早稲田大学) 第一節 ギッシングの女性問題小説の背景 第二節 結婚という不公平な関係 第三節 結婚という金銭関係 第四節 結婚という理想的関係 第十五章 女性嫌悪――男たちの戸惑いと抗い(田中孝信、大阪市立大学) 第一節 流動化するジェンダーの境界景 第二節 追い人エヴァラード 第三節 心を閉ざす人ハーヴェイ 第四節 ギッシングの脆き虚勢 第三部【作家】
第十六章 自己――「書く」自己/「読む」自己(新野 緑、神戸市立外国語大学) 第五部【思想】
第二十一章 リアリズム――自然主義であることの不自然さ(梶山秀雄、島根大学) 年表(武井暁子) |
本書では、「社会」、「時代」、「ジェンダー」、「作家」、「思想」という五つの枠組の中で、それぞれに関連する五つのテーマを章として配置した。
第一部の「社会」では、イギリス人の教育についてのタテ前と本音、失業と遺産相続の角度からの貧困の描写と宗教問題の関係、労働者階級と下層中産階級の登場人物から見た後期ヴィクトリア朝の階級意識、福音主義と弱肉強食の経済政策優先のために民間の善意に委ねられた貧民の救済、都市に対するギッシングの両価感情と決定論的な見解が論考の対象となっている。 第二部の「時代」が分析しているのは、科学に対する希望を時代の風潮として理解した上で意識的に背を向けた作家の錯綜した言説、犯罪人類学のコンテクストに照らした作家の〈正常〉と〈逸脱〉をめぐる言説の揺らぎ、後期ヴィクトリア朝の変貌する文学市場と出版事情、ギッシングが受けた同時代の文学者や哲学者からの影響、後期ヴィクトリア朝から二十世紀初頭にかけてのイングリッシュネスや南欧世界への傾倒から見たギッシングの文明観と創作活動の不可分性である。 第三部の「ジェンダー」では、因襲から解放された女がオースティンからギッシングに至って「新しい女」として自立する過程、ギッシングが「性のアナーキー」の時代と呼んだ後期ヴィクトリア朝のセクシュアリティに関する言説、医科学に多大な関心を寄せた当時の人々の身体観、ヴィクトリア朝の結婚制度の弊害による矛盾した女性観、女性の権利の擁護と女嫌いの狭間における当時の男たちの戸惑いと抗いが分析されている。 第四部の「作家」で明らかにされているのは、商業化の時代に個人主義を標榜しつつ空洞化の意識に脅かされ続けた作家の自己、流動性を増したイギリス社会におけるエグザイルたちの疎外感、ギッシングの紀行文に見られる創造的想像力で構築された安住の地としての古典の世界、ギッシングの語りの性質や人物造型の方法に見られる伝統的要素と革新的要素、書く自分と書かれる自分の乖離という後期ヴィクトリア朝の自伝文学に生じた現象である。 第五部の「思想」では、後期ヴィクトリア朝の実証主義や生物学といった科学精神に根ざしたリアリズム・自然主義運動の問題、当時の中心的な思潮からの亡命者としてのギッシングと彼のヒューマニズム、社会における芸術や芸術家の存在意義と美を通した倫理意識の追求、科学的・実用的・功利的知識によって切り捨てられていった古典主義的精神の必要性が考察されている。本書の掉尾を飾るのはギッシング研究の第一人者、ピエール・クスティヤス氏による平和主義の章である。『ヘンリー・ライクロフトの私記』の中で、ギッシングは「科学が大きな戦争の時代をもたらし、それがやがて過去の幾千もの戦闘を顔色なからしめ、そして恐らく人類が苦労して得た進歩を蹂躙して血みどろな混沌状態にするだろう」(「冬」第十八章)という警告を発している。科学技術文明をもたらした近代人の理性はすべてをコントロールすることができなかった。人類の絶滅に直結する現代の核兵器開発はその反証である。北朝鮮の無思慮な核実験とアメリカ帝国主義の金融制裁の中で日本の姿勢が世界中から注目されている今、平和主義を標榜したギッシングの気質をイギリス帝国主義の歴史に照らして考察した最終章は、本書を出版する最大の意義を高らかに謳っている。
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