インターネット=ホームページという誤解が一般通念化するほど、ホームページを見ることができるウェッブ (WWW) は最近のメディアの世界を席巻しています。しかしながら、実際には電子メールだけしか利用しないという人が、私の周囲には結構おられます。逆に、ネット・サーフィンをしながらホームページを拾い読み(ブラウズ)するばかりで、電子メールはやらないという人は滅多におられません。電子メールだけを利用する人は、「本当に価値のある重要な情報はほとんどホームページで公開されない」とか、「ウェッブ上には下らないサイトが多く、時間を浪費するだけだ」とか言われます。ある意味で、それは正鵠を射ています。とはいえ、重要な情報は金銭的価値があるわけですから、それを無料で入手しようということ自体、虫がよすぎる話だと言えるでしょう。二束三文のウェッブ・サイトが多いのは事実ですが、膨大なデータから自分に必要な資料を自分自身で探し出すことは、現代に生きる人にとって不可欠な能力になってきています。事実、ボランティアによって作成された電子テクストや辞書や参考図書、そして図書館や文献の検索、ホテルやチケットなどの予約、オンライン・ショッピングなど、有益なサイトが陸続とウェッブ上に現われていますので、そうしたサイトを見つける術を知らないと損をするだけです。最近は随分と増えた英語学習に役立つサイトについても同じことが言えます。ロボット型のサーチ・エンジンで関連のホームページを検索してくれる米国の "AltaVista" や日本の "goo" を出発点として、そうしたサイトを探せば簡単に見つけることができますし、やる気さえあれば幾らでも英語学習に利用できます。
英語学習にかぎらず何ごとにおいても、自分の行為を持続・発展させるために、モーティベーションが必要なことは言うまでもありません。私はインターネットに関する個人的な意見として、英語学習の能率の点だけでなく、このモーティベーションの点においても、現段階ではWWWよりも電子メールの方が役に立つと思っています。ネット・サーフィンは確かに楽しいものです。ですが、英語のサイトを見ている大部分の学習者が何をしているかと言えば、ホームページ上の画像を楽しみながら見出しを拾い読みしているだけのことが多いのです。それは、ちょうど英語のポップスを聞いている時に、メロディーを楽しんでいるだけで歌詞を聴き取っているわけではないのと同じです。このようなネット・サーフィンでは、リーディングの力をのばすことは期待できません。もちろん、レポート作成のためにサーチ・エンジンで様々なウェッブ・サイトを検索し、必要な情報を求めて英語を必死に読む人は、その過程で自然と読解力がついていることでしょう。しかし、それは必要に駆られて自分の意志によって読む人の場合に言えることであって、楽しみのためにネット・サーフィンをする人には当てはまりません。楽しみながら英語力をつけることは確かに理想的ですが、それには毎日かなりの時間をネット・サーフィンに費やす必要があります。スポーツにも同じことが言えますが、基礎力の養成は辛くで楽しくないのが当たり前です。でも、モーティベーションさえあれば、基礎力養成の辛さも軽減されます。その意味で、電子メールは英語学習の強力なモーティベーションになると思います。外国人と英語で会話ができるようになりたいという人口に膾炙したモーティベーションがありますが、日本でも外国人が増えたとはいえ、練習相手になってくれる人はなかなか見つかりません。また、たとえ近くにいたにせよ、日本人の国民性が障害となって、チャンスを生かすことができないのが実情です。このような問題を簡単に解決してくれるのが電子メールです。
面と向かってのネイティヴとのコミュニケーションは、どうしても両者の間に話すスピードに差があるので、日本人の場合は億劫になりがちです。その点、電子メールは自分のペースに合わせて、意志伝達ができます。それはスピーキングとライティングの違いですから当然と言えば当然かもしれません。御存じのように、電子メールが "e-mail" と言われるの対して、通常の郵便は韻を踏ませて "snail-mail" と呼ばれます。電子メールも「郵便」ですから、手紙を書くのと基本的には変わらないのですが、"electronic" である以上、電子メールのライティングは従来のいわゆる授業/試験のための英作文と違って、主として「電話」のように会話調でなされる傾向があります。特に、プライベートの電子メ-ルは、手紙というよりは、電話でのおしゃべりに近い感じがします。逆に言えば、電子メールを英語教育の基幹として、スピーキングにも役立てることができるのではないでしょうか?たとえば、/~matsuoka/English.html に例がありますが、いきいきした会話表現を電子メールから拾い上げ、コピー&ペイストで自分専用のファイルを作ってウェッブ・サイトのようにすれば、インターネットに接続しなくても、ブラウザ上で英語と日本語の会話表現をジャンプしながら、両者を比較して覚えることができます。とはいえ、スピーキングだけに限定するならば、電子メールよりは第7章でも触れます「チャット」の方が、ずっと面白くて役に立つと思います。
希望する大学への合格は英語学習の最大/最強のモーティベーションになりますが、入学後の学生に英語学習を持続させるには、それに代わるモーティベーションが必要です。それを自分で見出せない学生に対して、私は電子メールの活用を推奨/強制しています。実際には、Netscape にせよ Explorer にせよ、電子メールの機能を備えていますので、WWW を同時に利用しながら電子メールができます。名古屋大学の各サテライト・ラボの端末も、ユーザ・ネームとパスワードを入力すれば、Netscape の画面が現われて、煩瑣な設定をしなくても、それを使ってすぐに電子メールができるようになっています。(WWW ブラウザでの電子メールの設定については、第4章「電子メールでの質問」を御覧ください。)私の授業では、電子メールをベースにして、何か自分の関心のある英語のメーリングリストに加入させ、自分の投稿とそれに対するレスポンスを保存させます。そして、それを自分の意見として一般公開するために、ウェッブ上に英語のホームページを開設させています。また、e-mail penpal を作らせています。このようなことをすることだけで英語力が飛躍的に高まるはずはありませんが、未知の世界へ入ることによって自発的に英語学習を持続させるモーティベーションになれば、それだけでもやらせる価値はあると思っています。
それでは、これから英語学習に役立てるための、そして英語学習のモーティベーションにするための、電子メールの活用法を実際に説明していきます。主として大学・高校・中学の英語の先生を対象にした書き方をしますが、単独の英語学習者にも分かりやすいように、進めていきます。その前に、電子メールの諸問題(文字化けなど)に詳しくない方は、次の一般注意事項をお読みください。
普通の人が電子メールをする場合、インターネット接続時のパッケージに入ってきた無料の電子メール・ソフト(たとえば、Eudora, Al-Mail, Outlook)、WWW ブラウザに内蔵された電子メール機能、または無料で電子メール・アカウントを提供するウェッブ・サイトを使っておられると思います。いずれにせよ、電子メールを出す場合、注意しなければならない点が幾つかあります。
最近、私は添付ファイルが文字化けしないということで、すべて PDF に変換して送っています。ひょっとすると相手によっては文字化けしているかも知れませんが、まだ文字化けの報告は受けていません。もちろん、相手の許可を取ってからファイルを添付しています。私の専門は英国ヴィクトリア朝の小説家たちで、ボランティアでディケンズ・フェロウシップ日本支部のホームページを担当しており、そこで会員の論文を PDF に変換して、ウェッブ上に公開しています。PDF とは "Portable Document Format" の略で、複数のプラットフォーム(ウィンドウズやマッキントッシュなど)上で、文書のレイアウトやフォントをまったく同じように表示するための形式です。PDF ファイルを読むためには、Adobe Acrobat Reader が必要ですが、無料でダウンロードできます。ただし、PDF に変換するためには、Adobe Acrobat を購入する必要があります(アカデミック・プライスで二万円ほど)。このソフトがあれば、自分のコンピュータで作成した論文のファイルをプリントアウトするような感覚で、簡単に電子化することができますし、文字化けさせることなく電子メールに添付して送ることができます。これからの電子出版の主たる形式は PDF になるそうです。Adobe Acrobat Reader をインストールされた方は、例として私の英語の論文を御覧ください。一見、画像ファイルのように見えますが、コピーも検索もできます。更に加工すれば、目的の箇所へジャンプできる目次を作ったり、ウェッブ上に公開してリンクを張ることなどができます。自分のクラスの学生が書いた英文をウェッブ上で公開したい時、普通のホームページのように HTML (Hyper Text Markup Language) ファイルにするためには、それなりに時間がかかりますが、PDF への変換であれば10 秒もかかりません。
英語以外の電子メール(自分の知らない外国語であれば、文字化けと同じことです)が来た場合は、それが独、仏、西、伊、葡語であれば、"AltaVista Translation with SYSTRAN" サービスで英語に変換できます。もちろん逆もできます。英語と日本語の変換(廉価版から高価版まで市販のソフトはすでにたくさんあります)サービスを提供するサイトもいずれ出てくるでしょう。その頃にはリーディングの授業も従来の形態を変えざるを得ないかもしれません。