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ディツケンス作『クリスマス・カロル』

森田草平譯(岩波文庫 496、岩波書店、昭和四年四月二十日發行)

第五章 大團圓

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第五章 大團圓

 さうだ! しかもその寝臺の柱は彼自身の所有ものであつた。寝臺も彼自身のものなら、部屋も彼自身のものであつた。別けても結構で嬉しいことには、彼の前にある時が、その中で埋め合せをすることの出來るやうな、彼自身のものであつた。

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 「私は過去に於ても、現在に於ても、又未來に於ても生きます!」と、スクルージは寝臺から這ひ出しながら、以前の言葉を繰り返した。「三人の精靈は私の心の中に在つて皆力を入れて下さるに違ひない。おゝ、ジエコブ・マアレイよ。この事のためには、~も聖降誕祭の季節も、褒め讚へられてあれよ。私は跪いてかう申上げてゐるのだ、老ジエコブよ、跪いてからに!」

 彼は自分の善良な企圖に昂奮し熱中するのあまり、聲まで途切れ途切れになつて、思ふやうに口が利けない位であつた。先刻さつき精靈といがみ合つてゐた際、彼は頻りに啜り泣きをしてゐた。そのために彼の顔は今も涙で濡れてゐた。

 「別段引き千斷られてはゐないぞ」と、スクルージは兩腕に寝臺の帷幄の一つを抱へながら叫んだ。「別段引き千斷られてはゐないぞ、鐶も何も彼も。みんな此処にある−−私も此処に居る−−(して見ると、)あゝ云ふ事になるぞと云はれた物の影だつて、消せば消されないことはないのだ。うむ、消されるとも屹度消されるとも!」

 その間彼の手は始終忙しさうに着物を持て扱つてゐた。それを裏返して見たり、上下逆様に着て見たり、引き千斷つたり、置き違へたりして、ありとあらゆる目茶苦茶のことに仲間入りをさせたものだ。

 「どうしていゝか分からないな!」と、スクルージは笑ひながら、同時に又泣きながら喚いた。そして、靴下を相手にラオコーンそつくりの様子をして見せたものだ。「俺は羽毛はねのやうに輕い、

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天使のやうに樂しく、學童のやうに愉快だよ。俺は又醉漢よつぱらひのやうに眼が廻る。皆さん聖降誕祭お目出度う! 世界中の皆さんよ、新年お目出度う! いよう、こゝだ! ほーう! ようよう!」

 彼は居間の中へ跳ね出した。そして、すつかり息を切らしながら、今やそこに立つてゐた。

 「粥の入つた鍋があるぞ」と、スクルージは又もや飛び上がつて、煖爐の周りを歩きながら呶鳴つた。「あすこに入口がある、あすこからジエコブ・マアレイの幽靈は這入つて來たのだ! この隅にはまた現在の聖降誕祭の精靈が腰掛けてゐたのだ! この窓から俺はさまよへる幽靈どもを見たのだ! 何も彼もちやんとしてゐる、何も彼も本當なのだ、本當にあつたのだ。はッ、はッ、はッ!」

 實際あんなに幾年も笑はずに來た人に取つては、それは立派な笑ひであつた、この上もなく華やかな笑ひであつた。そして、これから續く華やかな笑ひの長い、長い系統の先祖になるべき笑ひであつた!

 「今日は月の幾日か俺には分らない」と、スクルージは云つた。「どれだけ精靈達と一緒に居たのか、それも分らない。俺には何にも分らない。俺はすつかり赤ん坊になつてしまつた。いや、氣に懸けるな。そんな事構はないよ。俺はいつそ赤ん坊になりたい位のものだ。いよう! ほう! いよう、こゝだ!」

 彼はその時教會から打ち出した、今迄聞いたこともないやうな、快い鐘の音に、その恍惚状態

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を破られた。カーン、カーン、ハムマー。ヂン、ドン、ベル。ベル、ドン、ヂン。ハムマー、カーン、カーン。おゝ素敵だ! 素敵だ!

 窓の所へ驅け寄つて、彼はそれを開けた、そして、頭を突き出した。霧もなければ、靄もない。澄んで、晴れ渡つた、陽氣な、賑やかしい、冷たい朝であつた。一緒に血も踊り出せとばかり、ピューピュー風の吹く、冷い朝であつた。金色の日光。~々しい空、甘い新鮮な空氣。樂しい鐘の音。おゝ素敵だ! 素敵だ!

 「今日は何かい」と、スクルージは下を向いて、日曜の晴れ着を着た少年に聲を掛けた。恐らくこの少年はそこいらの様子を見にぼんやり這入り込んで來たものらしい。

 「えゝ?」と、少年は驚愕のあらゆる力を籠めて聞き返した。

 「今日は何かな、阿兄にいさん」と、スクルージは云つた。

 「今日!」と、少年は答へた。「だつて、基督降誕祭ぢやありませんか。」

 「基督降誕祭だ!」と、スクルージは自分自身に對して云つた。「私はそれを失はずに濟んだ。精靈達は一晩の中にすつかりあれを濟ましてしまつたんだよ。何だつてあの方々は好きなやうに出來るんだからな。勿論出來るんだとも。勿論出來るんだとも。いよう、阿兄にいさん!」

 「いよう!」と、少年は答へた。

 「一町おいて先の街の角の鳥屋を知つてゐるかね」と、スクルージは訊ねた。

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 「知つてゐるともさ」と、少年は答へた。

 「悧巧な子ぢや!」と、スクルージは云つた。「眞個まつたくえらい子ぢや! どうだい、君は彼処に下がつてゐた、あの賞牌を取つた七面鳥が賣れたかどうか知つてゐるかね。−−小さい方の賞牌つき七面鳥ぢやないよ、大きい方のだよ?」

 「なに、あの僕位のつかいのかい」と、少年は聞き返した。

 「何て愉快な子供だらう!」と、スクルージは云つた。「この子と話しをするのは愉快だよ。あゝさうだよ! 阿兄にいさん!」

 「今でも彼処に下がつてゐるよ」と、少年は答へた。

 「下がつてるつて?」と、スクルージは云つた。「さあ行つて、それを買つて來ておくれ。」

 「御戯談でしよ」と、少年は呶鳴つた。

 「いや、いや」と、スクルージは云つた。「私は眞面目だよ。さあ行つて買つて來ておくれ。そして、此処へそれを持つて來るやうに云つておくれな。さうすりや、私が使の者にその届け先を指圖してやれるからね。その男と一緒に歸つてお出で、君には一志上げるからね。五分經たないうちに、その男と一緒に歸つて來ておくれ、さうしたら半クラウンだけ上げるよ。」

 少年は彈丸たまのやうに飛んで行つた。この半分の速力で彈丸を打ち出すことの出來る人でも、引金を握つては一ぱし確かな腕を持つた打ち手に相違ない。

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 「ボブ・クラチツトの許へそれを送つてやらうな」と、云ひながら、スクルージは兩手をこすり擦り腹の皮を撚らせて笑つた。「誰から贈つて來たか、相手に分つちやいけない。ちび・・のティムの二倍も大きさがあるだらうよ。ジヨー・ミラー(註、「ジヨー・ミラー滑稽集」の著者)だつて、ボブにそれを贈るやうな戯談をしたことはなかつたらうね。」

 ボブの宛名を書いた手蹟は落着いてはゐなかつた。が、兎に角書くには書いた。そして、鳥屋の若い者が來るのを待ち構へながら、表の戸口を開けるために階子段を降りて行つた。そこに立つて、その男の到着を待つてゐた時、彼は不圖戸敲きに眼を着けた。

 「俺は生きてる間これを可愛がつてやらう!」と、スクルージは手でそれで撫でながら叫んだ。「俺は今迄殆どこれを見ようとしたことがなかつた。いかにも正直な顔附きをしてゐる! 眞個まつたく素晴らしい戸敲きだよ! いよう。七面鳥が來た。やあ! ほう! 今日は! 聖降誕祭お目出度う!」

 それは確かに七面鳥であつた。此奴こいつあ自分の脚で立たうとしても立てなかつたらうよ、この鳥は。(立つた處で、)一分も經たない間に、その脚は、封臘の棒のやうに、中途からぽき・・と折れてしまふだらうよ。

 「だつて、これをカムデン・タウンまで擔いぢや迚も行かれまい」と、スクルージは云つた。「馬車でなくちや駄目だらうよ。」

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 彼はくすくす笑ひながら、それを云つた。くすくす笑ひながら、七面鳥の代を拂つた。くすくす笑ひながら、馬車の代を拂つた。くすくす笑ひながら少年に謝禮をした。そして、そのくすくす笑ひを壓倒するものは、たゞ彼が息を切らしながら再び椅子に腰掛けた時のそのくすくす笑ひばかりであつた。それから、あまりくすくす笑つて、たうとう泣き出した位であつた。

 彼の手は何時迄もぶるぶる慄え續けてゐたので、髯を剃るのも容易なことではなかつた。髯剃りと云ふものは、たとひそれをやりながら踊つてゐない時でも、なかなか注意を要するものだ。だが、彼は(この際)鼻の先を切り取つたとしても、その上に膏藥の一片でも貼つて、それですつかり滿足したことであらう。

 彼は上から下まで最上の晴れ着に着更へた。そして、たうとう街の中へ出て行つた。彼が現在の聖降誕祭の幽靈と一緒に出て見た時と同じやうに、人々は今やどしどしと街上に溢れ出してゐた。で、スクルージは手を背後にして歩きながら、いかにも嬉しさうな微笑を湛へて通行の誰彼を眺めてゐた。彼は、一口に云へば、抵抗し難い程愉快さうに見えた。そのためか、三四人の愛嬌者が、「旦那お早う御座います! 聖降誕祭お目出度う!」と聲を掛けた。その後スクルージは好く云つたものだ。「今迄聞いたあらゆる愉快な音響の中でも、この言葉が自分の耳には一番愉快に響いた」と。

 まだ遠くも行かないうちに、向うから例の恰服かつぷくの好い紳士がこちらへやつて來るのを見た。前

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の日彼の事務所へ這入つて來て、「こちらはスクルージさんとマアレイさんの商會ですね?」と訊いたあの紳士である。二人が出會でくわしたら、あの老紳士がどんな顔をして自分を見るだらうかと思ふと彼は胸にずきり・・・と傷みを覺えた。而も彼は自分の前に眞直に横はつてゐる道を知つてゐた。そして、それに從つた。

 「もしもし貴方」と、スクルージは歩調を早めて老紳士の兩手を取りながら云つた。「今日は? 昨日は好い工合に行きましたか。眞個まつたく親切に有難う御座いましたね。聖降誕祭お目出たう!」

 「スクルージさんでしたか。」

 「さうですよ」と、スクルージは云つた。「仰しやる通りの名前ですが、どうも貴方には面白くない感じを與へませうね? ですが、まあどうか勘辨して下さい。それから一つお願ひが御座いますがね−−」こゝでスクルージは何やら彼の耳に囁いた。

 「まあ驚きましたね!」と、かの紳士は呼吸いきが絶えでもしたやうに叫んだ。「スクルージさん、そりや貴方本氣ですか。」

 「何卒」と、スクルージは云つた。「それより一文も缺けず、それだけお願ひしたいので。尤も、それには今迄何度も不拂いになつてゐる分が含まれてゐるんですがね。で、その御面倒を願はれませうか。」

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 「もし貴方」と、相手は彼の手を握り緊めながら云つた。「かやうな御寛厚なお志に對しましては、もう何と申上げて宜しいやら、私には−−」

 「もう何も仰しやつて下さいますな」と、スクルージは云ひ返した。「一度來て下さい。一度手前どもへいらして下さいませんでせうか。」

 「伺ひますとも」と、老紳士は叫んだ。そして、彼がその積りでゐることは明白であつた。

 「有難う御座います」と、スクルージは云つた。「本當に有難う御座います。幾重にもお禮を申上げますよ。それではお靜かに!」

 彼は教會へ出掛けた。それから街々を歩き廻りながら、あちこちと忙しさうにしてゐる人々を眺めたり、子供の頭を撫でたり、乞食に物を問ひ掛けたり、家々の臺所を覗き込んだり、窓を見上げたりした。そして、何を見ても何をしても愉快になるものだと云ふことを發見した。彼はこれ迄散歩なぞが−−いや、どんな事でもこんなに自分を幸bノしてくれることが出來ようとは夢にも想はなかつた。午後になつて、彼は歩みを甥の家に向けた。

 彼は近づいて戸を敲くだけの勇氣を出す前に、何度も戸口を通り越したものだ。が、勇を鼓してたうとうそれをやつ附けた。

 「御主人は御在宅かな」と、スクルージは出て來た娘に云つた。好い娘だ! 本當に。

 「いらつしやいます。」

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 「何処においでかね」と、スクルージは訊いた。

 「食堂にいらつしやいます、奥様と御一緒に。それでは、お二階に御案内申しませう。」

 「有難うよ。御主人はわしを知つてだから」と、スクルージはもう食堂の錠の上に片手を懸けながら云つた。「すぐにこの中に這入つて行くよ、ねえ。」

 彼はそつとそれを廻はした。そして、戸を周つて顔だけはすにして入れた。彼等は食卓を眺めてゐる處であつた、(その食卓は大層立派に飾り立てられてゐた。)と云ふのは、かう云つたやうな若い世帶持ちと云ふものは、かう云ふ事に懸けてはいつでも~經質で、何も彼もちやん・・・となつてゐるのを見るのが所好すきなものであるからである。

 「フレツド!」と、スクルージは云つた。

 あゝ膽が潰れた! 甥の嫁なる姪の驚き方と云つたら! スクルージは、一寸の間、足臺に足を載せたまゝ片隅に腰掛けてゐた彼女のことを忘れてしまつたのだ。でなければ、どんな事があつてもそんな眞似はしなかつたであらう。

 「あゝ吃驚した!」と、フレツドは叫んだ。「そこへ來たのは何誰どなたです?」

 「私だよ。伯父さんのスクルージだよ。御馳走になりに來たんだ。お前入れて呉れるだらうね、フレツド?」

 入れて呉れるだつて! 彼は腕を振り千斷ちぎられないのが切めてもの仕合せであつた。五分間の

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うちに、彼はもう何の氣兼ねもなくなつてゐた。これ程誠意の籠つた歡迎は又と見られまい。彼の姪は(彼が夢の中で見たと)すつかり同じやうに見えた。トッパーが這入つて來た時も、さうであつた。あの肥つた妹が這入つて來た時も、さうであつた。來る人來る人皆がさうであつた。素晴らしい宴會、素晴らしい勝負事、素晴らしい和合、素―晴―ら―し―い幸aI

 しかも明くる朝早く彼は事務所に出掛けた。おゝ實際彼は早くからそこに出掛けた。先づ第一にそこへ行き着いて、後れて來るボブ・クラチツトを捕へることさえ出來たら! これが彼の一生懸命になつた事柄であつた。

 そして、彼はそれを實行した、然り、彼は實行した! 時計は九時を打つた。ボブはまだ來ない。十五分過ぎた。まだ來ない。彼は定刻に後るゝこと正に十八分と半分にして、やつとやつて來た。スクルージは、例の大桶の中へボブの這入るところが見られるやうに、合の戸を開け放したまゝ腰掛けてゐた。

 彼は戸口を開ける前に帽子を脱いだ。襟卷も取つてしまつた。彼は瞬く間に床几に掛けた。そして、九時に追ひ着かうとでもしてゐるやうに、せつせと鐵筆ペンを走らせてゐた。

 「いよう!」と、スクルージは成るたけ平素の聲に似せるやうにして唸つた。「どう云ふ積りで君は今時分こゝへやつて來たのかね。」

 「誠に相濟みません、旦那」と、ボブは云つた。「どうも遲なりまして。」

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 「遲いね!」と、スクルージは繰り返した。「實際、遲いと思ふね。まあ君こゝへ出なさい。」

 「一年にたつた一度の事で御座いますから」と、ボブは桶の中から現はれながら辯解した。「二度ともうこんな事は致しませんから。どうも昨日は少し騒ぎ過ぎたのですよ、旦那。」

 「では、眞實ほんたうの處を君に云ふがね、君」と、スクルージは云つた。「わしはもうこんな事には一日も耐へられさうにないよ。そこでだね」と續けながら、彼は床几から飛び上がるやうにして、相手の胴衣チヨツキの邉りをぐい・・と一本突いたものだ。その結果、ボブはよろよろとして、再び桶の中へ蹣跚よろめき込んだ。「そこでだね、俺は君の給料を上げてやらうと思ふんだよ。」

 ボブは顫へ上がつた。そして、少し許り定規の方へ近寄つた。それで以つてスクルージを張り倒して、抑え附けて、路地の中を歩いてゐる人々に助けを喚んで、狹窄衣でも持つて來て貰はうと咄嗟に考へたのである。

 「聖降誕祭お目出たう、ボブ君!」と、スクルージは相手の背中を輕く打ちながら、間違へやうにも間違へやうのない熱誠を籠めて云つた。「この幾年もの間俺が君に祝つて上げたよりも一層目出たい聖降誕祭だよ、えゝ君。俺は君の給料を上げて、困つてゐる君の家族の方々を扶けて上げたいと思つてゐるのだがね。午後になつたら、すぐにも葡萄酒の大盃を擧げて、それを飲みながら君のうちのことも相談しようぢやないか、えゝボブ君! 火を拵へなさい。それから四の五の云はずに大急ぎでもう一つ炭取りを買つて來るんだよ、ボブ・クラチツト君!」

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 スクルージは彼の言葉よりももつと好かつた。彼は凡てその約束を實行した。いや、それよりも無限に多くのものを實行した。そして、實際は死んでゐなかつたちび・・のティムに取つては、第二の父となつた。彼はこの好い古い都なる倫敦にも嘗てなかつたやうな、或ひはこの好い古い世界の中の、その他の如何なる好い古い都にも、町にも、村にも嘗てなかつたやうな善い友達ともなれば、善い主人ともなつた、又善い人間ともなつた。或人々は彼がかく一變したのを見て笑つた。が、彼はその人々の笑ふに任せて、少しも心に留めなかつた。彼はこの世の中では、どんな事でも善い事と云ふものは、その起り始めには屹度誰かが腹を抱へて笑ふものだ、笑はれぬやうな事柄は一つもないと云ふことをちやん・・・と承知してゐたからである。そして、そんな人間はどうせ盲目・・だと知つてゐたので、彼等がその盲目を一層醜いものとするやうに、他人ひとを笑つて眼に皺を寄せると云ふことは、それも誠に結構なことだと知つてゐたからである。彼自身の心は晴れやかに笑つてゐた。そして、かれに取つてはそれでもう十分であつたのである。

 彼と精靈との間にはそれからもう何の交渉もなかつた。が、彼はその後ずつと禁酒主義の下に生活した。そして、若し生きてゐる人間で聖降誕祭の祝ひ方を知つてゐる者があるとすれば、あの人こそそれを好く知つてゐるのだと云ふやうなことが、彼に就て終始云はれてゐた。吾々に就ても、さう云ふことが本當に云はれたら可かろうに−−吾々總てに就ても。そこで、ちび・・のティムも云つたやうに、~よ。吾々を祝bオ給へ−−吾々總ての人間を!



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